大判例

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福岡地方裁判所 昭和43年(ワ)1016号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕一、被告鶴尾昌信が福岡市技術吏員として福岡市動物園に勤務し、動物の飼育業務に従事していること、被告城戸喜治が右動物園の園長であること、被告福岡市が右動物園を経営し、その職員として右被告両名を使用していること、ところで昭和四三年七月一一日朝前記動物園において原告所有の犬が被告福岡市の所有する動物園飼育中の「あひる」の群を襲い、その一羽を咬み殺し、一羽に重傷を与えたこと、そこで被告鶴尾ほか動物園職員が同犬をとらえ、動物園常備の野犬捕獲用針金をもつて、その一方を同犬の首にまき、他方の端を園内建物の梁につないで同犬を繋留したこと及び同犬が死亡したことは当事者間に争がない。

二、<証拠>を総合すると、

(一) 原告は映画館経営のかたわら猟犬の飼育をしているものであるが、前記犬は呼び名を「キヤノン」、社団法人全日本狩猟倶楽部登録名「キヤメニューム・S・ニイチエ」と称する英ポインター種の猟犬で昭和四〇年一一月一一日生、当時満二年八ケ月位、父犬は全米ダービー、チャンピオン犬、母系も我国猟犬界では有名な犬で、その子である「キヤメン」は血統的にはいわゆる名犬と称されるもの、原告が懇望して山口県宇部市に住む畠中政数に現金二〇万円と飼育中の猟犬二頭(この価格合計金三〇万円と評価)を与え、同人から買受けたもので、将来全日本猟犬チャンピオンをめざして入手以来添寝をするほど溺愛し訓練していた犬であつた。

(二) 昭和四三年七月一一日原告は早朝六時半頃から前記「キヤメン」を含む飼育中の犬三頭を犬運搬用の設備をした貨物自動車(ライトバン)に乗せて運動に伴れ出したが、他の二頭は金網を張つた後部荷台にのせ、「キヤメン」は運転席左側の助手席に乗せて福岡市動物園のある同市南公園の浄水池の裏附近まで行き、そこで運動をさせた後午前七時前頃前同様「キヤメン」だけは助手席に乗せて帰る途中動物園近くにさしかかつた。丁度動物園では当直員が「あひる」「がちよう」の鳥類を舎外に出したばかりの時でその鳴声が聞えてきたが、たまたま「キヤメン」の乗つていた助手席左側の窓をあけていたため、前記鳴声を聞いた「キヤメン」は原告の制止も聞かずに飛出し動物園正門の方に走り去つた。

(三) 動物園では当直員であつた被告鶴尾ほかの職員が鳥類を舎外に放鳥するなど開園前の見廻りを終り朝食の準備中であつたが、その時鳥類の鳴声が騒しいので被告鶴尾が注目すると犬が「あひる」等を追い廻しているのを発見した。驚いた同被告は職員の藤野、川関らと現場にかけつけたが、時既におそく犬が「あひる」一羽を喰わえて通用門から逃走するのを目撃するに終つた。被告鶴尾は被害を確認しようとしたが、数十羽に及ぶ鳥類は犬の襲撃で四散し確認することができなかつた。ところが間もなく動物園二階に戻つていた前記川関より再び犬が戻つてきたとの知らせを受け、前記三名で現場に急行したところ、前記の犬が喰わえていた「あひる」を置いて他の鳥を襲つているのを発見して追跡し、丁度「がちよう」を押えつけているところを被告鶴尾が飛びついて頭を押え、犬と共にひつくり返えつて自らも頭部に負傷しながら、やつと犬を捕えることができた。同被告は耳を押えられておとなしくなつた犬を動物園内の調理室近くにつれて来て繋留のため何か持つて来てくれと頼んだところ、前記藤野が蓄犬事務所から預かつていた犬捕獲用の一六番の針金を持つてきたので、一本だけでは足りないとして二本をつなぎ一方の先端にまるく「わさ」をつくり、それが張ると締り、ゆるむと或程度まで拡がるようにして、これを犬の首に巻き、他端を調理場の下屋に結びつけて繋留した。

(四) 動物園に右一六番の針金が常備されていたのは、当時動物園では野犬による動物の被害が多く、同年五月中の例をとつても山羊、兎、鹿、鳩などが襲われており、野犬捕獲頭数も七頭に及ぶ状況であつたから、犬捕獲用にと備え付けられていたものである。被告鶴尾が捕えた前記犬には毛糸様のものでつくられた首輪がつけられていたが、一見してすぐ切れそうだつたので、首輪に針金をつなぐわけにいかず、前記のとおり首にまきつけたもので、梁と地表までの間隔は大体一八八糎位、二本つなぎ合わせた針金の長さは大体一六八糎位で針金を首に巻いても前記犬(背丈二尺一寸弱)は自由に動ける状態にしておいたものである。今迄数頭の野犬を捕えて同様の方法で繋留して置いたが、捕えられるといずれもおとなしく、暴れたりしないので死亡した例はなく、前記犬も捕えてからはおとなしくしていたので被告鶴尾らとしては同犬が死亡するなどとは夢にも思わなかつた。

(五) その後被告鶴尾はそこから離れ、水道のあるところで朝食の準備にとりかかつたが、他方原告の方は犬が動物園に走り込んだとは考えず、しばらく四方を探していたところ、動物園の中で「あひる」等の鳴声が騒しくなつたので動物園に入り事務所に行つたところ、丁度被告鶴尾がいたので「私の犬が騒がせているのではないか」と切り出し、「犬は何か」、「ポインターです」、「犬を返すわけにはいかない。被害を確認しろ。」というようなやりとりがあつて前記藤野が被害状況を見せているうちに、犬を見に行つた前記川関が犬の様子が可笑しいと被告鶴尾に知らしてきたので同被告はすぐかけつけて死んだようになつている犬に人工呼吸を施しているところへ原告もかけつけ犬は死んでいるのではないかと犬に抱きついて犬の名を呼んだが、遂に生き返えらなかつたものである。現場には地面に犬の爪跡が残つていたし、鳥類もまだ騒いでいたところからすると同犬の死亡は人間がいなくなつたのち、犬がなおも鳥を襲うためか逃げるために暴れたので前記「わさ」が締り首をしめて窒息死したものと推測される。なお、被告鶴尾は前に日本犬の雑種やポインター種の犬を飼つたことがあり、犬の習性も大体解つている。

以上の事実が認められる。<証拠排斥略>

三、そこで前記一及び二の事実を前提に、原告主張の如く前記犬の死亡について被告鶴尾に故意または過失が存したか否かについて検討する。

まず、前認定の事実とくに同犬繋留後の被告鶴尾の行為、原告来訪後の応待の態度などからして同被告に繋留された同犬が死亡することを認識していたとか、これを認容していたとかの心理状態を認めることができないことは明らかといわねばならないから、多言を用いるまでもなく、同犬の死亡につき被告鶴尾に故意があつたとはなし得ず、この点に関する原告の主張は採用できない。

次に過失の有無につき考えてみるに、およそ、過失とはその職業、地位にある通常人が自己の行為により一定の結果の発生を認識すべきであるのに不注意のためその結果の発生を認識しないでその行為をなしたことと解されるが、認識すべきであるとする以上事故発生の予見が可能であつたか否かを通常人を基準として事件の性質、環境も考慮のうえ決定することが前提となる。いま、本件についてこれを検討するに、動物園において放し飼い中の鳥類を襲い「あひる」一羽を咬み殺し口に喰わえて逃走した犬が、舞戻つて再び鳥類を襲うのを見た以上動物園職員である以上誰しもこれを捕え、事後処置までの間繋留して被害の拡大を防止しようとするのは当然のことである。繋留の方法として針金で「わさ」をつくり、首にまいたことも事件の性質、環境とくに当時野犬の被害が多く右針金も蓄犬事務所から捕獲用に預つて常備していたものであり、それも二本をつなぎあわせて充分動けるように配慮していること、首輪が弱くこれに結びつけることはできないと判断したこと、今迄に捕獲された犬で死亡したものがないこと及び前叙の如き急を要する場合等を考慮すると、職員の立場にある以上誰しも相当な処置として是認せざるを得ないというべきである。死の結果を来たしたのは前認定の如く犬が暴れ廻つて「わさ」がしまり首をしめられて窒息したものであるが、その原因は比類なき名犬の血を引き、猟犬として訓練中の同犬が倒れてもなお獲物を追いかけようとして暴れ廻つたものか、飼主の溺愛にもとづく我儘か訓練の未熟から束縛を嫌い不当な仕打ちを逃れようとして暴れたものかはわからないが、それら血統、訓練の程度、家庭における特別な飼育状況等は通常人の予見可能の範囲外のことといわねばならない。さすれば犬の死亡につき被告鶴尾に過失の責を問うことはできず、愛犬を失つた原告の悲しみは察するに余りあるが、事件の推移に徴すれば、前記犬の死亡は予測可能の範囲を越えた偶然の不幸というしかない。

四、以上の次第で被告鶴尾に前記犬死亡につき間責し得ない以上原告の請求は爾余の争点につき言及するまでもなく失当として棄却を免れない。(麻上正信)

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